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豊烈神社例大祭(古式打毬・神輿渡御)

ほうれつじんじゃれいたいさい(こしきだきゅう・みこしとぎょ)

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豊烈神社例大祭(古式打毬・神輿渡御)
豊烈神社の祭礼は、旧山形市では最後に行われる祭りでもあります。また、この日は神社に伝わる古式打毬が奉納されるのでも有名です。
豊烈神社に伝わる古式打毬は宮内庁、八戸の打毬と共に我国に残る三つの打毬の一つであり、きわめて貴重なものです。打毬の起源は非常に古く紀元前6世紀古代オリエントのペルシャ(現イラン)までさかのぼり西欧に伝わるものはポロとなり、シルクロードを東進し唐(現中国)を経て7世紀後半平安時代に移入されたのが、日本に伝えられている打毬です。
現在行われている打毬は享保年間八代将軍徳川吉宗によって復興されたもので豊烈神社の打毬は旧山形藩主水野家に於て藩祖祭祀の為め文政4年10月6日の祭典に神事として奉納されたのに始まり、その形式方法等共に現在宮内庁に伝わるものと同一で、由緒ある伝統を継承した貴重な文化財といえます。
打毬は、巾8間、長さ45間の柵巾の馬場に於て(現在は4間に30間)紅白4騎宛の(現在は2騎宛)水に沢瀉の紋服に陣笠、袴、籠手(コテ)をつけた騎士によって争われます。
試合の進行は、毬奉行(毬門方表審判)毬目付(駒止め方世話役裏審判)の日の丸の軍扇の合図によって開始され、騎士は馬上より毬杖(サデ)を以てすくい上げた紅白それぞれの毬を毬門の的あな(試合により大輪、中輪、小輪と変化する)に投入しあい、最後のあげ毬(十文字の印を付けたもの)を含め平毬五毬と共に計6個を早く入れ終わった方が勝ちとなります。
白の毬が入れば太鼓、赤が入れば鉦鼓を打ちそれぞれ紅白の勝振摩(ハタ)を振り毬門の前に立て、入った毬の数を表示します。
最初の第一球を入れなければ、相手方の邪魔をする事は出来ません。試合前から作戦をねり、騎士はそれぞれの役割を持ち、自ら毬を入れると共に、毬を送ったり相手の邪魔をしたりして、戦います。揚げ毬が入って勝負が決定すれば、勝った方の横線の入った勝振摩を振り鉦又は太鼓を打って勝を上げます。騎士は毬門前に向い合って整列し双方一礼の後負けた方は馬を降り索馬で引揚げなければなりませんが、勝った方は馬上のままゆうゆう引揚げます。
打毬は騎馬戦の修練を目的としたものと考えられ、伝統に則ったさまざまの規則も定めてあります。すべて武士の作方と精神を重んじたのとされています。
現在、豊烈打毬会員は、約20名で乗馬クラブなどで訓練された人が跡継者として入会し、伝統文化を継承しています。

■所在地 山形市桜町7−47
■連絡先 TEL:023−642−7108 FAX:
■営業時間 10月6日
■定休日
■駐車場 なし
■URL

掲載者 ヌータオ 掲載日2006/10/19 20:52

初めて見てきました。
古式打毬は思っていた以上にエキサイティングな試合で、
とても面白かったです!
自分でもやってみたい!!

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