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千歳園跡(山形県立山形東高等学校)

ちとせえんあと(やまがたけんりつやまがたひがしこうとうがっこう)

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千歳園跡(山形県立山形東高等学校)
当時の緑町には民家らしいものがなく、県庁東側には製糸工場をつくったり、荒地六万坪に四木三草及び和洋種の果樹園をつくり、新農業の振興につとめるため、「千歳園」と命名しました。中央には池をつくり、町民の公園を設けたり、三島神社(静岡県に本社あり)を建てています。千歳園は山形の新しい公園であり、新時代にあこがれる若き人びとの憩いの場として賑わったといいます。大きさは東西200間(360m)南北300間(540m)、旧県庁から三島神社前・教育資料館まで、南北は新築西通り(植木市の開かれる街道)の範囲でした。
石碑は山形東高正面のロータリーに残されていますが、旧山形中学のシンボルであったことを教えてくれる人は少なくなりました。千歳園の南側は、むかしの河川底であったので、礫を積んで高くして開墾し、馬見ヶ崎川から水を取りいれて灌漑用に利用したり、池をつくり噴水までつくられました。(遊学館内の庭園あたりで旧知事公舎に活用されていた)。また、産業の近代化を目指すために、県の勧業試験場を北東側に設けて、山形で見られない果樹・疎菜を栽培した。なかでも、横浜でアメリカから輸入したサクランボを三島県令が千歳園と霞城公園東の桜小路に植えたといいます。しかし、政府は方針を変え、桜桃は函館(寒冷のため失敗)から東根に変更させて、今日のサクランボ王国をつくり上げました。三島県令による山形の近代化は、新政府の圧力を背景として推められたが、山形城下の商人たちの提供した資金によって発展しました。

※学校の敷地へは立ち入らないようお願いいたします。

■所在地 山形市緑町1−5−87
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