今月のおすすめその八寿屋本店

かい日が続いていましたが、久しぶりに雪の舞ったこの日、私たちは遅めの昼食を求めて、旧羽州街道を北に上ると、旧寒河江街道を山辺の方へ入ってすぐのところにある寿屋本店さんへ向かいました。
お店に到着するなり目に飛び込んできたのは、寒空の下、店外へ立ち上る湯気。私たちは店前の駐車場に車を止めると、さっそく藍色の暖簾をくぐり、店へと駆け込みました。
店内は「お蕎麦屋さんと言えばこんな感じ」と頭に浮かんでくるような、懐かしく気さくな趣。寒い外からやってきた私たちを、暖かく落ち着いた雰囲気が迎えてくれました。

へ入ってすぐに目に飛び込んできたのは、「蕎麦振舞い」や「忠弥そば」などの印象的な名前と魅力的な解説のついたお品書き。それらを横目で見た後、店全体を見渡すと、店内には4人掛けと2人掛けのテーブル席が合わせて22席、4人掛けの座敷席が16席あります。何となく奥へと進んだ私たちは、一番奥の座敷へ上がることにしました。

そばと大きく書かれた暖簾そばと大きく書かれた暖簾
テーブル席と座敷席のある落ち着いた雰囲気テーブル席と座敷席のある落ち着いた雰囲気

めから終わりまで一通りメニューを眺め、顔を見合わせた私たち。実は、初めて訪れたさくらも3度目のヌータオも、席につく前に注文は決めていました。
さっそく注文。
改めて店内を見渡したさくらが「キープボトルがいっぱいあるね。ここはお酒飲む人も多いんだ〜。」と。すかさずヌータオは「あそこに書いてある山形牛すじ煮込み」っていうのも評判らしいよ。」と耳にしていた評判を伝えましたが、今日のところは断念。ソワソワとしながら注文の品が運ばれてくるのを待ちました。

もりそば550円もりそば(550円)   ツヤツヤと輝く中太の麺ツヤツヤと輝く中太の麺

てもお腹の空いていたヌータオは、まずはもりそばをいただくことにしました。
今日の目当ては他にあるのですが、店に入った時に心は決まりました。とにかくまずはもりそばです。
運ばれてきたそばは、中太打ちの男前な出で立ち。さっそく箸で手繰って口へと運びました。そばの香りがうれしい。寒いからと迷わず頼んで正解でした。
つゆを蕎麦猪口へ少し注ぐと、あとはそばをつけ、手繰る、すするの繰り返し。辛目のつゆと鼻に抜けるそばの香り、ちょっと豪快ながら心地よいのど越しのバランスは抜群です。
途中から葱を加え、気がつけば、一つの言葉も発することなく、あっという間にもりそばを完食していました。
雪が降っていても、寒くても、やっぱりそばはおいしい。こんな日にも冷水で麺をしめてくださるお店の方に感謝です。
そして、ここでひとまず「ごちそうさま」と、合掌。

いて、今日の目当ての「すっぽこうどん」です。
少し前まで、このメニューを聞いたこともなかったヌータオですが、昨年来お世話になっている方からお話しを伺い、以来ずっと気になっていたものでした。
とうとう運ばれてきた「すっぽこうどん」を前に、気持ちは逸りますが、先日探険隊員のお二人と、鍋焼きうどんの器にまつわる想い出や思い入れについて話していたことを思い出して、まずは器を拝見。
運ばれてきた黒塗りの蓋付きの椀には、朱で松葉が描かれていました。芸妓さんの黒紋付きを思わせる上品で落ち着いた佇まいに期待感は高まります。

趣深い蓋付きの椀趣深い蓋付きの椀
すっぽこうどん(800円)すっぽこうどん(800円)   あんかけ出汁をまとったうどんはずっしり重いあんかけ出汁をまとったうどんはずっしり重い

をとると、とろりとした出汁の下にうっすらと緑や赤が見えました。
「わぁ」思わず声を上げてお椀の中をのぞき込みました。対面に座ったさくらも同じ表情でのぞきこんでいました。
しかし、いつまでも眺めていてもしょうがありません。ヌータオはさっと箸を手に取り、底にあるだろううどんを手繰って少し持ち上げてみました。その瞬間、真っ白のうどんとその上にあった赤い海老、緑のセリ、ピンクの蒲鉾、鶏肉、椎茸、色とりどりの具が華やかに顔を出しました。
「うわぁ」再び声を上げ、一呼吸置いた後、ついにあんかけ出汁をまとったうどんを口にしました。

れはとても優しいお味でした。
ほのかなユズと上品な出汁の香り。モチモチとしたうどんの食感。決して濃すぎず、薄すぎない出汁。たっぷりのあんかけというと、少しくどいのでは?と想像していましたが、セリや蒲鉾を楽しみながら、全く飽きることなく、どんどん食べることができます。そして、冷えていた身体が温もっていくにつれて、盛り蕎麦の時とは別の幸福感に包まれていくのでした。

主人の話によれば、すっぽこうどんを始めた時期については不明とのこと。しかし、ご主人が出前の手伝いをしていた子供時分には、すっぽこうどんも出前していたそうです。また、すっぽこの由来について尋ねると、定かではないそうですが、もともと江戸で食べられていた五目のうどんとのっぺいうどんというあんかけのうどんが混ざって山形に伝わったのではないかと推測されているとのこと。冷めにくいのが喜ばれ、小姓町の花街なんかにも出前されていたようですね、とお話ししてくださいました。
江戸や花街という言葉が出てくると、俄然盛り上がってしまうのは、城下町やまがた探険隊魂でしょうか。すっかり「すっぽこうどん」への興味を深めたヌータオとさくらでした。

店主の中井川さん店の歴史やすっぽこについてお話しして下さったご主人の中井川さん
入口の貼られたお品書きはどれも魅力的入口の貼られたお品書きはどれも魅力的

方、寒い冬にふさわしく温かいものをと、店内に入ってきて真っ先に壁に貼られたお品書きに目を向けた時から、さくらの心は決まっていました。
手書きで書かれたそのお品書きには、
「大正13年からの中華そば」……これだ!
他のメニューには目もくれず、注文したさくらのもとに、いい香りとほかほかの湯気に包まれて、中華そばは運ばれてきました。

中華そば(550円)中華そば(550円)   あっさりした醤油味のスープあっさりした醤油味のスープ

た目は、想像していた通り。ラーメンではなく、まさに中華そばです。
透き通ったスープのなんとも言えないやさしい味とあっさりした醤油味がほんとにおいしく、なんだか懐かしく感じました。中華そばだからこそ、このシンプルさが魅力的です。大正時代の人たちにとってはどんな食べ物だったのだろうか。なんて思ったり……。
途中、どうしても食べてみたいと訴えるヌータオに少しおすそわけ。
あとはほどんど無言で一気に食べてしまいました。

店は遅くまで営業しているようですので、飲み会帰りのお客さんや仕事が遅い方にも喜ばれるのではないでしょうか。もちろん、一杯やってから蕎麦、という常連さんも多そうですが……私は蕎麦にしようか中華そばにしようかと悩んでしまいそうです。昔から代々受け継がれているこんなお店はいつまでも近くにあってほしいです。
「大正13年からの中華そば」をいただいて体の芯からあったまって、本当に大満足でした。

たちは、次は「忠弥そばを」、「牛すじの煮込みを」、「あ、でももう一度すっぽこうどんを」、「お酒を飲んで再び中華そばも良さそうだね」と想いをめぐらせ、近い内に再訪することを誓って店を後にしました。
(2006年2月12日 探険隊員:さくら、ヌータオ)

おすすめトップへ 寿屋本店の詳細
男山酒造
すっぽこ基礎知識

半世紀近くも生きてきて、その意味不明の“文字列”を初めて目にしたのは、昨年の5月。古くから老若男女に親しまれてきたであろう某食堂のメニューに、それはさも当たり前の顔をして並んでいた。「これは一体なんだ?」という疑問にも増して、「知らないのは僕だけ?みんなは知ってる?」そんな困惑と狼狽とが頭の中でとぐろを巻く。コピーライターという職業柄、少しは山形の雑多な知識量に自信もあったからだ。
しかも、その語感たるや“ひょっとこ”にも通じる軽妙洒脱さ。僕は取り憑かれたように『すっぽこ』を調べ始めた。また、周囲への聞き取りを進めるかたわらで、「すっぽこ通信」と題した情報発信をブログでスタートさせた。
調べ出してすぐに分かったのは、どんな食べ物かを知る人はわずかながらいるものの、その由来、山形への伝来の経路に関しては「なにも分からない」ということだった。インターネットで検索しても、郷土料理の本をめくっても、『すっぽこ』に関する情報は皆無なのだ。
『すっぽこ』は一言で言うなら「湯切りしたうどんに“あん”だけをかけた冬季メニュー」。店によって『しっぽこ』とも表記される。現在、食べられるのは山形旧市内に残る老舗のそば屋、わずかに5軒を知るのみ。義母の記憶に頼れば、昭和10年代後半を境にして、支那そばの圧倒的な普及に圧されるように『すっぽこ』は次第に姿を消していく。注文が少ない、手間がかかる…などの理由から、近年になってメニューを下げてしまった店もある。
名前の由来については、そもそもを、長崎の「卓袱(しっぽく)料理」に求めるのは間違っていないだろう。一方、四国、京阪にもすでに江戸時代から「しっぽくうどん」があった。が、これは「野菜などを煮込んだ“汁”をかけたもの」で、“あん”ではない点が決定的に違う。さて、ここからが、ちょいとややこしい。同じく京阪に『すっぽこ』の原形とも考えられる“あんかけうどん”も存在する。ところが、なんと“あんかけ化”したそれは「しっぽくうどん」から「のっぺいうどん」へと名前を変えてしまうのである。
もう一つの謎は伝来経路。時代から察して、海路を経由し酒田から最上川沿いに、と考えるのが自然だが、庄内に『すっぽこ』の痕跡は見つけられない。そこで、現在有力だと考えているのが、近江商人による陸路伝来説。近江商人はその足で全国を行脚し、ご存知のように、山形においては土着して店を構え、今に至る老舗の商家が数多く存在する。何よりも“あんかけ”「のっぺいうどん」は、今も滋賀県、つまり近江の名物料理なのである。
季節は巡り、待ち焦がれた冬。すべての店を嬉々として食べ歩いた。美味しかった。不味いから淘汰されたのではないか…との不安は安堵に変わり、同時に、この極地的な「山形市の郷土料理」をぜひ多くの人に知ってほしい、と想う今日この頃である。
『すっぽこ』を伝えたのは近江商人ではないか。これを立証できそうな手だてを、ほんの数日前に思い付いた。同様の手がかりを岩手県千厩町にも見つけている。近々現地に赴き、ブログでもリポートする予定だ。時代に取り残され、人々の記憶から消えつつある『すっぽこ』。僕はもう少し、この『すっぽこ』という美味しいタイムマシンに乗って、山形を旅してみようと思う。
>>フロム*ヤマガタ
「すっぽこ研究所」


すっぽこ研究所長

(有)マン・クリエイト
長岡信也さん