今月のおすすめその七山形初市

形初市は、江戸時代から続いている伝統行事で、毎年1月10日に行われます。
山形市内で生まれ育った私は、幼い頃に初市へ連れてきてもらったことがあります。しかし、思い起こす情景が実際に見たものなのか、その後テレビなどで見たものなのかもあいまいな記憶。朝から青空が広がったこの日、時より吹く風に真冬の冷たさを感じながら、私は初めて初市へ行くような気分で家を出ました。
露天の並ぶ十日町〜旅篭町の通りの南端には、十日市跡碑があります。この碑のある十日町四辻には、かつて市神が祀られていたのだそうです。
この日、碑近くに鎮座していた歌懸稲荷の御神輿にお参りをして、いただいた初あめを口に含むと、私は通りを北へ向かって歩き始めました。

十日市跡碑
初市鈴木打刃物製作所の打刃物(山形市落合町)   初市平日にもかかわらず大勢の人で賑わう通り

初に足を止めたのは、打刃物の並ぶお店です。山形打刃物は、室町時代、延文元年(1356)に斯波兼頼が山形に入部したとき、召抱えの鍛治師たちが鍛治集落を形成したのが始まりといわれ、慶長年間(1596〜1614)最上義光時代に城下町につくられた「鍛治町」は現在も残っています。
お店には、手打ちの草刈鎌、小刀、各種包丁等が並べられ、商品を手にとって確かめる人々が集まっていました。趣味でそば打ちをするという母娘は、そば切り用の包丁を前に何やら店の人と相談している様子です。
私は少しだけのぞいてすぐに通り過ぎるつもりでしたが、美しい刃物たちを目の前にして、若干興奮ぎみに。目の前にあった包丁をゆっくりと眺めると、買って帰りたい衝動を何とかおさえ、店を離れたのでした。>>山形打刃物工業共同組合のホームページ

りに戻り、さらに北へ向かい始めると、人はどんどん多くなっているようでした。平日だというのに、結構な人出です。お孫さんらしき幼子の手を引いた年配の方やご夫婦連れが多いようですが、若い人たちも少なくありません。1月10日が日曜日に重なる年には、一体どれだけの人で賑わうのしょうか。きっと身動きが取れないほどでしょう。

大カブ大カブと白髭

いていると、カブを売っているお店が多く目につきます。冬野菜ですから、売っていることはそんなに不思議ではありませんが、何か理由がありそう。そんなことを考えながら、威勢の良い声の響くお店に近づいてみると、以前取材で訪れたカフェエスプレッソで顔見知りになった女性が、ちょうど買い物をしているところでした。
新年の挨拶を済ませ、さっそくカブについての疑問をぶつけると、カブは大株主の株で商売繁盛、白髭は長寿を表す縁起物とのこと。お母様のために買いに来たと話すその女性に、私はさらに「どういう風に料理して食べるんですか?」と尋ねました。すると、「カブは汁ものにしたり…、白髭はわけぎなんかと同じように酢みそをつけて食べるわ」との答え。
私は今晩はカブと白髭にしようと心に決め、通りをさらに進むことにしました。

ブの他によく目につくのは、まな板や杵・臼などの木工品や竹製のざるなどを扱うお店です。
ちょうど通りかかった木工品屋さんでは、年配のご夫婦が臼を指さしながら相談しているところ。またその近くでは、雪へらを手にした小柄な女性とお店のおじさんがあれこれと話をしているところでした。
山形市高瀬地区から来たという木工屋さんは、今年は雪へらを例年より多く持ってきているとのこと。へらの部分は割れにくいように堅いトチの木、長柄の部分は角材にして軽量化したというが、なるほど持ってみると思ったより軽い。格好も良い。良く売れているのだそうです。
一方、杵や臼といったかつての定番商品は、買い求める人の数が減ってきていて、最近はつくる数も少ないとのこと。「今日は3つしか売れでねな。」と、おじさん。
家に杵も臼もない私は、杵でつかれたお餅を想像し、買って帰った人たちのことを羨ましく思うのでした。

2階の屋根の雪を落とすための長柄の雪へら
(酒井木工/山形市高瀬)
だんご木小正月飾りのだんご木(だんご刺し)   玉こんにゃくアツアツの玉こんにゃく

た歩き始めると、探険隊員のBUFFさんに偶然お会いしました。毎年初市を訪れているというBUFFさんに、見逃してはいけないものについて尋ねると、「市神神社を参拝した?昔からあるのは木工屋さん。縁起物として欠かせないのは、カブと白髭、初飴、欠かせないのは、だんごの木だな。白髭の読み方は「しらしげ」だからね。訛るのがポイント。」との答え。
市神神社へは後ほど参拝することにして、だんご木を売るお店をのぞいてみることにしました。
だんご木は、色とりどりのだんごと鯛や小判などの縁起物をかたどった色せんべいをミズの木の枝に刺した縁起物です。私も小さい頃に、だんごを枝に刺すのを手伝ったことを思い出しました。華やかなだんご木は小正月の飾り。どんなに寒くとも春が近づいていることを感じます。

市神神社市神さまへお参り   ふるまい振る舞いのかぶ汁をいただく

混みを抜けて文翔館の敷地に入ると、私の少し前を年配の女性2人が歩いていました。雪景色の中では、2人の手に握られただんご木のハレの色が一層華やかに感じられます。後について湯殿神社の山門をくぐり、市神様へのお参りを済ませると、私は2人に思い切って声をかけてみました。
市内に住む2人は毎年初市を訪れているとのこと。だんごの木の他に1人はカブを、1人はお孫さんへのお土産だという綿菓子を買っていました。お参りも済んだから後は帰るだけ、という2人を見送り、私はお札を授かろうと神札授与所へ向かいました。すると、お札を渡して下さった女性が「持って帰れるようだったら」と、午前中に頒布したカブと白髭をくださいました。嬉しい。
お札をカバンにしまって山門の方へ戻ろうとすると、今度はかぶ汁を振る舞っている女性の「いかがですか」の声。私はもちろん「いただきます」と即答し、お椀をうけとりました。湯気と香りだけでも嬉しいお椀の中身は、千切りにされたカブと豚肉の入った味噌仕立ての汁。上にはネギが散らしてあります。私はフーフーいいながら、一気に食べ終えると、ホクホクと温もった身体で神社を後にしました。

市神神社どんどん焼き

た道を戻って本町まで戻った頃には、日が陰りはじめ、風はさらに冷たくなってきているようでした。私は早足で通りを南へ進んでいましたが、途中どうしても食べたくなり、数年ぶりにどんどん焼きを食べることにしました。甘辛いソースと魚肉ソーセージ、そして割り箸の懐かしい味。
私は雪のちらつき始めた通りを再び早足で駅へと向かい、私は大満足で家路につきました。
今から来年の初市が待ち遠しい…。
(2005年1月10日 探険隊員:ヌータオ)

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探険隊コラム

皆様こんにちは。井の中の蛙の新関です。城下町やまがた探険隊でお世話になっております。
探検マップが完成し、このホームページも山形へお出かけになる方にご利用いただいたり、県民市民の方にもお喜びいただいていると思われますが、いかがでしょうか。
探険隊員はもちろん、ご指導賜りました皆々さま、関係者の方々に心より感謝申し上げます。
さて、今回ははみだしコラムということで、“昭和33年夏・松竹・主演 伴淳三郎・山形ロケ”の映画『顔役』の話題です。
私は山形市旅篭町で漬物屋と郷土料理屋を営んでおります。実は子供のころより、家にある数枚の写真と大きく引き伸ばしたスチール写真が大変気になっておりました。そこに写っているのは映画俳優と女優さんです。そしてその背景は現在もまったく変わらぬ手前どもの店舗です。そこには、「伴淳三郎・中村登」とサインがしてありました。
この写真が映画の1シーンであり、伴淳が山形出身であり、中村登は著名な監督であり、写っている俳優は石浜朗、淡路恵子、山形でロケを行なった松竹の映画である、と、そこまで理解しているものの、つい最近まで映画を見たことが無かった訳です。
そんな中、八文字屋の野村さんよりビデオがあるとの情報が飛び込み、楽しみにしておりました。また、ドキュメンタリー映画祭事務局の浅野さんからもDVDがあるとのことではしゃいでおりました。
お届けいただき、早速食入るように見ました。すると、これは山形のプロモーション映画のようなもので、昭和33年の山形が手にとるように出て参ります。
すずらん街の七夕がタイトルバックに出ると、2代前の山形停車場・第一小学校校舎グランド・駅前の通り・男山酒造さん・丸十大屋さん・大沼百貨店と壽虎屋さんの間から見える済生館・馬見ヶ崎橋や千歳公園蔵王から見る山並み、三本木沼かドッコ沼、山寺の根本中堂と獅子踊り銭湯勧工場や五堰の見えるその前の通り、旅篭町の交差点から写真に残る私の店の前、そして七日町の通りをパレードするエンディングまで、時折米沢や上山と思われるところも映っているのであります。
人物は、地元のエキストラ多数。某S印刷社長はなんと10歳で社員さんとエキストラ出演、当時市長の大久保伝蔵氏自ら出演。市長と伴淳と関係者の山形への熱い思いとトップセールスマンとしてのパワーを感じる作品でした。
最近、フィルムコミッションなどといって映画テレビの撮影誘致の重要性が提言されておりますが、昭和33年当時、すでにその機能と宣伝への効果を意識しながら作られたであろう作品や仕掛けを行なった人物が存在していたわけであります。
これは、この時代にこそ必要なことではないでしょうか。
地方都市は、今後交流人口の増加を目標にアクションを起こさなければ、衰退の一途をたどる、その土地らしさの議論は数多いと思われますが、そこにいる人物、そこの土地の歴史、文化、産物、自然など、その良さを住民が自信を持って自慢していく事がもっとも大切ではないでしょうか。
井の中の蛙で終わってはならない…。
しかしその小さな井戸の中の良さ、素晴らしさを知らないままはもっといけないし、その良さを学び伝えるべきです。
 
井の中の蛙大海を知らず…荘子
しかしその井戸の天空の良さを知る…永六輔

この後に続くことばを考えた永六輔さんの話を聞いたとき、各地方都市、ふるさと山形の足元の良さを考えずにはいられませんでした。
こんな思いを探険隊の活動を通じ、山形に訪れる人々に喜んでいただくこと、再来訪していただき、山形のファンになっていただければ素晴らしいとの思いです。是非一度、のんびりゆっくり時間の流れるのをお楽しみください。

新関さん

香味庵・丸八やたら漬
新関芳則さん